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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)200号 判決 1981年2月24日

原告

ウエストン工業株式会社

外1名

被告

小野田セメント株式会社

右当事者間の昭和54年(行ケ)第200号審決取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告らは、「特許庁が昭和54年9月29日、同庁昭和53年審判第4580号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第2原告らの請求の原因及び主張

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、名称を「スレート瓦の焼付塗装方法」とする特許第875816号発明(昭和46年12月27日出願、昭和52年8月10日登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。被告は原告らを被請求人として右特許の無効審判を請求し、昭和53年審判第4580号事件として審理されたが、特許庁は、昭和54年9月29日「特許第875816号発明の特許は、無効とする。」旨の審決をし、その謄本は同年10月31日原告らに送達された。

2  本件発明の要旨

スレート瓦を粉体塗料の焼付に必要な温度200℃又はその付近あるいはそれ以上に強制加熱し、これによつて前記スレート瓦の表面に開口している気孔内の水分及びガス体を膨張させてその一部を大気中に逃出させ、その後であつて、前記スレート瓦の温度が著しく低下しないうちに粉体塗料を撒布して溶融させ、水分及びガス体の一部を逃出させた前記気孔内に溶融した前記粉体塗料の一部を吸着させつつ、所要時間保温又は自然冷却して塗膜を形成硬化せしめることを特徴とするスレート瓦の焼付塗装方法。

3  審決理由の要点

本件発明の要旨は、前項のとおりである。

これに対して、特公昭42―20320号公報(以下「第1引用例」という。)には、「セメントブロツク等のセメント製品を、ライニング剤粉末の焼付に必要な温度400℃以下(実施例としては、180℃~300℃が挙示されている)に強制加熱し、ついで、直ちにセメント製品にライニング粉末を流動浸漬法により接触させ、溶融付着させ、これを、熟成室において徐冷させて、セメント製品に強固な被膜を形成硬化させるセメント製品の表面処理方法」が記載されているものと認められる。

また、昭和46年12月1日株式会社理工出版社発行、山岸寿治著「省力化のための塗装機器・設備読本」(第320頁)(以下「第2引用例」という。)には、「被塗物に粉体塗料を付着させる方法の1つに物本を加熱しておいて、これに粉体塗料をふりかけることによつて付着させる方法があり、この方法に該当するものとして、一般に流動浸漬法といわれるもの及び撒布法がある」旨が記載されている。

さらに、昭和38年8月20日株式会社地人書館発行、狩野春一監修「建築材料ハンドブツク」(第293頁)(以下「第3引用例」という。)には、「厚形スレート(スレート瓦)は、現在では、全く石綿を用いていない。セメントと砂だけであるから広義にはセメント瓦の一種と見る方が至当である。」が記載されている。

スレート瓦は、セメント瓦の一種であること前記第3引用例の記載からみて明らかであるから、スレート瓦は、セメント製品に包摂されるものである。

そして、一般にセメント製品は、表面に開口する気孔を有しているから、これを加熱すれば、水分及びガス体の一部が逃出されること、及び前記一部逃出後の気孔が、温度の低下により、塗料が塗付されれば、塗料の一部を吸着せしめるものであることは、経験法則に照らし自明な事項である。

しかして、本件発明と第1引用例に記載された技術内容とは、「セメント製品を粉体塗料の焼付に必要な温度200℃又はその付近あるいはそれ以上に強制加熱し、これによつて前記セメント製品の表面に開口している気孔内の水分及びガス体を膨張させてその一部を大気中に逃出させ、その後であつて、前記スレート瓦の温度が著しく低下しないうちに粉体塗料をふりかけて溶融させ水分及びガス体の一部を逃出させた前記気孔内に溶融した前記粉体塗料の一部を吸着させつつ、所要時間保温又は自然冷却して塗膜を形成硬化せしめるセメント製品の焼付塗装方法」である点において一致しており、ただ①本件発明はセメント製品を、より具体的に、スレート瓦に特定している点及び②粉体塗料のふりかけにあたり、本件発明が、撒布することによつている点において、それぞれ相違している。

そこで、これらの相違点について審案してみる。

まず、①の相違点についてであるが、本件発明が、被塗装体を、スレート瓦に特定した点は、単に、セメント製品であるセメント瓦の一種たるスレート瓦を抽出したものであつて、その目的、効果においても格別の差異は認められないから、この相違点は、当業者が容易になし得る用途の特定であるにすぎないものである。

つぎに、②の相違点であるが、被塗物に、粉体塗料をふりかけるにあたり、撒布して行なうか、流動浸漬法によつて行なうかは、当業者が必要に応じて適宜選択し得る設計事項であるにすぎないこと、前記第2引用例の記載に徴し、是認されるものであり、撒布法を用いたことによつてもたされる効果も、明細書の記載からうかがうに、格別顕著であるとは認められないので、この相違点は、当業者が容易になし得る設計変更の域を出ないものである。

ところで、被請求人(原告ら)は、請求人(被告)の提出した第2引用例は、本件特許出願前に日本国内において頒布された事実を立証していないから、その印刷された発行日に頒布された公知文献とすることができない旨主張している。

しかしながら、前記刊行物につき、本件特許出願前に頒布されていない事実が証明される等の特段の事由のない限り、前記刊行物の発行日である昭和46年12月1日に頒布されたものと認めるのが相当である。

そして、被請求人(原告ら)は、前記特段の事由について主張、証明をしていないから、所論は採用することができない。

以上の次第で、本件発明は、第1引用例に記載された技術内容及び第2引用例に記載された技術内容から、当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。

それゆえ、本件発明は、特許法第29条第2項の規定に反して特許されたものであるから、同法第123条第1項第1号に該当し、無効とすべきものである。

4  審決を取消すべき事由

(1)  審決は、引用例に示された技術内容の認定を誤り、ひいては、これと本件発明との比較において判断を誤つたものであり、違法であるから取消されるべきものである。

(1) 審決の認定事実中、本件発明の要旨が審決認定のとおりであること、第2引用例及び第3引用例に記載されている技術あるいは事項が審決認定のとおりであることは認める。

(2)  同認定事実中、第1引用例に記載されているとしている事項については、熟成室において徐冷させて、セメント製品に強固な被膜を形成硬化させるセメント製品の表面処理方法が記載されているとする点は争い、その他の点は認める。

第1引用例に開示された技術内容は、加熱したセメント製品をライニング剤粉末の流動層に浸漬することにより、その製品の表面に右の粉末を溶融付着させて強固な皮膜を生成し、そのあと、当該製品を熟成室で徐冷することにより、製品の収縮による皺及び皮膜の収縮による皮膜の亀裂を防止すると共に皮膜を滑らかにするもの(第1引用例第1頁左欄第32~40行)であつて、本件審決が認定したように、熟成室における徐冷により、強固な皮膜を形成させるものではない。

(3)  同認定事実中、本件発明と第1引用例記載の技術との一致点に関する判断については争う。

すなわち、第1引用例には、前項で指摘のとおり、加熱セメント製品をライニング剤粉末流動層に浸漬して強固な皮膜を生成し、しかるのち徐冷することを内容とする技術を記載しているが、審決の認定とは相違し、水分及びガス体の一部を逃出させた気孔内に溶融した粉体塗料の一部を吸着させつつ、所要時間保温又は自然冷却して塗膜を形成硬化せしめる技術についての記載はないから、かかる記載があることを前提とする右一致点に関する判断は誤りというほかなく認められない。

(4)  同認定事実中、本件発明がスレート瓦を、また第1引用例記載の技術がセメント製品を対象とすることの相違点は、目的、効果に差異を認められないから、当業者が容易になし得る用途の特定であるにすぎないものであるとの認定は争う。

本件発明は、多孔質であるスレート瓦の表面に開口している気孔内の水分及びガス体の膨張吐出により、塗膜にピンホールや凹凸を生じさせることなく、かつその塗膜の一部を気孔内に吸着させて、塗膜の瓦表面への密着度を向上させることを目的ないし効果としているのに対し、第1引用例記載の技術は、セメントあるいはコンクリート製品に「緻密な皮膜を熔着」させ、かつ「溶剤蒸発に起因するピンホールの発生や、皮膜の収縮による亀裂の発生」を防止するということを目的ないし効果としているものであつて、これら両者の目的、効果の相違は格段である。

また一般に、スレート瓦はセメント製品であるセメント瓦の一種であるとしても、第1引用例には、そこでいうセメント製品の概念中にスレート瓦を包含することを示唆する何らの記載もない。しかも、第1引用例が粉末付着方法として流動浸漬法についてのみ記載していることからすると、そのセメント製品とは、流動浸漬法に適した製品に限定的に解釈されるべきものであるところ、スレート瓦は流動浸漬法による粉末の付着には適さないものである。

従つて、本件審決の当業者が容易になし得る用途の特定であるにすぎないとする右の認定を認めることができない。

(5)  同認定事実中、本件発明がいわゆる撒布法を、第1引用例が流動浸漬法を採用していることの相違点は、当業者が容易になし得る設計変更の域を出ないものであるとする認定は争う。

粉体塗料を被塗物に付着させる方法として撒布法と流動浸漬法とでは、具体的実施手段を異にするとともに作用効果上顕著な相違があること明らかである。しかも、これら撒布法及び流動浸漬法が第2引用例に記載されているからといつて、そのことだけでいずれを採用するかが当業者に適宜選択し得ると認められるものではない。すなわちいかなる付着法を採用すべきかは、当該被塗物の種類、塗装の目的等によつて決定しなければならないものであるところ、従来スレート瓦は粉末塗料により塗装されていた事実がない。

従つて、本件発明における撒布法の採用をもつて、第1引用例の流動浸漬法との置換にすぎないとみることはできるものではないので、当業者が容易になし得る設計変更の域を出ないとする右の認定を認めることはできない。

流動浸漬法と撒布法とでは、まず一般的にみて、つぎのごとき効果上の相違がある。

第1に、流動浸漬法は、被塗物を流動粉末中に浸漬することによつてその粉末を被塗物表面に付着させようとするものであるから、これを自動的に行なうには、被塗物を収容しかつ粉末を所定の条件下で流動させるのに充分な容量の浸漬槽を必要とする等設備が複雑で高価となわざるを得ないのにくわえ、速度や浸漬時間等を精密に管理しなければならない高度のテクニツクを要し、また、色がえに当つては上記浸漬槽内の清掃を完全に行ない前回使用の塗料が影響しないようにしなければならないが、その作業に煩わしい手数と長時間がかかり、実際問題としてこの浸漬法では色がえはきわめて困難たるを免れず、さらにまた極端に薄い連続塗膜を形成することはほとんどできないものであるのに対し、撒布法は、一定の速度で継続して移動するコンベアーで被塗物を運行しつつ、その上方に設置され、かつ浸漬槽に比し容量が小さくかつ簡易な構成で足る撒布器から粉末塗料を単に撒布すれば足りるから、流動浸漬法の場合にくらべ、設備が単純で安価であり、その管理も比較的簡易であるのにくわえ、色がえに当つては上記撒布器の清掃で足るからその色がえをきわめて簡単かつ任意に実施でき、しかも極端に薄い塗膜を形成するのに好適である。

第2に、今ある被塗物の平坦面を塗装する場合を考えると、流動浸漬法では被塗物の熱容量の部分的相違により膜厚が不均一になりやすいのに対し、撒布法ではこのようなことがなく均一な膜厚を容易に得られる。

第3に、流動浸漬法においては、粉末の流動状態がチヤンネリング、バブリング、スラギング状態にならないよう理想的な状態に保持する必要があり、かつ被塗物の投影面積が粉末浴の表面積の50%を越えると理想的流動状態が変化し不良品をつくる原因となるので、これについて特段の配慮を要するものであるが、撒布法においてはかかる配慮を特に必要とするものではない。

第4に、流動浸漬法ではどんな少量の塗装であつても槽内には理想的流動状態を維持する一定量の粉末塗料を必要とするのに対し、撒布法では当該塗装に必要にして充分な量の粉末塗料を撒布すれば足るものである。

第5に、流動浸漬法では前記のとおり被塗物を流動粉末中に浸漬するものであるから、その被塗物の表面全域に連続塗膜を形成するのに好適であるのに対し、撒布法は文字どおり被塗物上に粉末塗料を撒布するものであるから、その被塗物の一面だけに塗膜を形成するのに適しているのであつて、たとえば被塗物の一面だけに塗膜を形成しようとする場合に、流動浸漬法を採用するには、他の全ての面についてマスキングの必要がある等の不利があり、他方、被塗物の全表面に塗膜を設けようとする場合に、撒布法を採用するとすると、たがいに異なる面の数だけその被塗物を転位しなければならない不利をともない、そのうえ、凹凸や空処の部分に塗膜を形成することは撒布法ではきわめて困難なものである。

つぎに、塗装スレート瓦の製造工程において、具体的に流動浸漬法と撒布法を対比した場合には、右の一般的な相違の他につぎのごとき効果上の相違がある。

スレート瓦は、一貫作業で連続して最も効率よく経済的に大量生産するために、成型後充分な養生をしないで塗装し製造工程を完結するのが普通である。またスレート瓦は普通板状であつてその機能上上面一面だけに塗装すれば足り上下左右側面等の全面に塗装をする程の必要は特に見当らないものである。

しかして、流動浸漬法により全面を塗装すると、不経済であるのはもちろん、浸漬直前に行なわれる加熱処理時に逃出した水分が補給されないままに全表面が塗膜で覆われてしまうために製品不良を起こすおそれがあるのに対し、撒布法により上面一面だけを塗装することは、瓦の機能上必要にして充分な塗膜が経済的に形成でき、しかも上面以外は塗膜で覆われないので、撒布直前の加熱処理で逃出した水分はその後大気中から自動的にあるいは必要に応じ強制的に必要な量補給でき、製品不良を起すことがない。

粉体塗料の付着を流動浸漬法によつて行なうか撒布法によつて行なうかにより、効果上右のごとき相違があり、しかも従来スレート瓦が粉末塗料によつて塗装された事実がないものであるから、第1引用例記載の技術と本件発明とにおける粉体塗料の付着方法の相違を、審決のように、設計変更の域を出ないものであるとするのは誤りであると認められる。

(2) 第2引用例については、これが本件発明の出願前に日本国内において頒布された事実が立証されていないのみならず、それに印刷表示されている発行日に現実に発行されたものであるか否かさえ定かでないにもかかわらず、審決は、本件発明の出願前に頒布されていない事実が証明される等の特段の事由のない限り、右の印刷表示されている発行日である昭和46年12月1日に頒布されたものと認めるのが相当であるとしている。

しかしながら、特許法第29条第1項第3号がいわゆる公知文献として掲げる日本国内において頒布された刊行物とは、日本国内において一般公衆が閲覧しうる状態に置かれた刊行物をいうものと解されるものであるところ、日本国内において、刊行物はこれに印刷表示されている発行日に右の状態で頒布されるのが普通であるとかあるいは発行日が印刷表示されている刊行物はその発行日に頒布されたものとみる一般的な慣行があるとは認められないのにくわえ、刊行物に印刷表示されている発行日と現実の発行日とが相違する事実が、特に雑誌や単行本において、多く存在することは経験則上明らかである。

しかも、甲第6号証によれば、第2引用例が販売に供されたのは本件発明の出願日後の昭和47年1月以後であると認められる。

してみると、第2引用例が本件発明の出願前に頒布されていない事実の証明等の特段の事由がないことを理由に、その第2引用例の頒布が、それに印刷表示された発行日にされたものとした審決の認定に合理的な根拠があるとは認められない。

第3被告の答弁及び主張

1  原告らの請求の原因及び主張の1ないし3を認め、4を争う。

2  原告らは、審決において、第1引用例の技術内容は「熟成室における徐冷により、強固な皮膜を形成させるもの」であると認定している旨のべているが、審決ではそのように述べておらず、「…………熟成室において、徐冷させて、セメント製品に強固な被膜を形成硬化させる」と記載されている。

3  原告らは、第1引用例には、気孔内に塗料の一部を吸着させつゝ自然冷却して塗膜を形成する技術の記載はないから、かゝる記載があることを前提とする判断は誤りである旨のべているが、このような技術は記載されていなくても、審決では冷却すれば吸着することは「経験則に照らして自明な事項である」としているので、その判断に誤りはない。

4  第1引用例は、原告らの主張するように、「溶剤蒸発に起因するピンホールの発生や皮膜の収縮による亀裂の発生を防止することを目的としている」としても、第1引用例は本件発明と同様の目的効果、すなわちガス体の膨張によりピンホールや凹凸を生じさせることなく、かつ塗膜の一部を気孔内に吸着させて、塗膜の表面への密着度を向上させることも充分期待できるので「両者の目的効果の相違は格段である」との原告らの主張は当らない。

5  原告らは、撒布法と流動浸漬法とでは作用効果上顕著な相違があると主張するが、審決に記載されたように、明細書の記載からうかがつて、本件発明が撒布法を用いたことによる効果も格別顕著でないので、容易になし得る設計変更の域を出ない。

原告らは、また、「従来スレート瓦は粉末塗料により塗装されていた事実がない」と主張しているが、その事実は争う。この点に関し、本件出願当初の明細書には、スレート製屋根瓦に粉状塗料を塗装したものは「雨水の浸入等を招いて耐用度を低下させる等の原因となつていた」と記載してあり(乙第1号証参照)、本件特許出願前よりスレート瓦に粉状塗料を塗装していた事実は本件出願人もこれを認めていた。

6  第2引用例の書籍は、乙第2号証の2(昭和46年12月10日付日刊工業新聞)によると遅くとも昭和46年12月10日の時点で全国の丸善の本・支店に常備されていることが明らかである。

しかも、第2引用例は、新な発明を記載したものではなく、著作者が原稿を作成した時点で公知であつたことを記述したものにすぎないのであるから、第2引用例自体によつて昭和46年12月1日以前に、その問題の記載事実(その当時、塗装方法の中で粉体塗装の方法として流動浸漬法と撒布法とが並列的に知られていて、その何れを実施するかは、当業者は自由に選択できたものであること)は公知であつたことが明らかである。

被告は、右公知であつたことを明らかにするため乙第3号証の1(塗装技術昭和44年6月号)、2(塗装技術昭和44年12月号)を提出する。これによつても被告の主張が正しいものであることが明らかとなるのである。

第4被告の主張に対する原告らの反論

1  被告は、粉体塗装の方法として流動浸漬法と撒布法とが並列的に知られていて、その何れを実施するかは、当業者は自由に選択できたと主張し、そのことを明らかにするためとして乙第3号証の1、2を提出している。

しかし、これは、審判の手続において審理判断されなかつた刊行物記載の技術との対比における無効原因の存否を認定して審決の適否を判断することになるものであるから、審決において現になされた判断の当否について審理すべき本件訴訟においては、適法な主張ということはできないと思料される。

2  被告は、乙第2号証の2を提出して、第2引用例が昭和46年12月10日の時点で全国の丸善の本・支店に常備されていたと主張する。しかし、今仮りに、第2引用例がそれに印刷表示されている発行日である昭和46年12月1日に発行されていたとしても、その発行から郵便に付すまでに要する日時、特に郵便物がさくそうする年末の郵便事情、あるいは取次店経由に要する日数等からみて、わずか10日の間に全国の丸善の本・支店に、第2引用例が現実に常備されるに至つたとは到底認められないから、右乙第2号証の2の新聞広告があるからといつて、これがため、第2引用例が、被告の主張する昭和46年12月10日の時点で頒布されたものと認めることもできない。このことは、第2引用例の出版元である株式会社理工出版社が発行した甲第7号証の証明書に徴すれば一層明らかである。

理由

1  原告らの請求の原因及び主張の1ないし3は、当事者間に争いがない。

そこで本件審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて考える。

2  第2引用例(成立について争いのない甲第4号証)には、審決のいうとおり、「被塗物に粉体塗料を付着させる方法の1つに物体を加熱しておいて、これに粉体塗料をふりかけることによつて付着させる方法があり、この方法に該当するものとして、一般に流動浸漬法といわれるもの及び撒布法がある」旨が記裁されていることを認めることができる。

原告らは、第2引用例はそれに印刷表示されている発行日(昭和46年12月1日)に頒布された事実が証明されていないのにかかわらず、審決が、第2引用例はその日に頒布されたものと認めるのが相当であるとしているのは不当であるとの趣旨を主張する。

しかしながら、第2引用例は、著書であつて、その前記認定の記載は、その内容に照らすと、例えば特許公報が新規な事項をその発行によつて公表するのとは異なり、既知とされている事項を叙述記載したに止まり、その発行によつて新規事項を始めて公表したものではないと認められるから、仮りにその頒布の日が発行日として印刷表示されている日より多少遅れていることがあるとしても、その前記認定の記載内容は発行日とされているその日以前に既に公知であつたものとして、これを引用することは差支えないものといわざるを得ず、その記載内容が真実であることは、成立について争いのない乙第3号証の1、2によつてもこれを認めることができる。原告らは、乙第3号証の1、2は審判の手続において審理判断されなかつた刊行物であるから、本件訴訟において本件特許の無効原因を判断する資料とはなし得ないとの趣旨を主張するが、第2引用例記載の前記認定の記載内容が、本件特許出願日において既に周知であつたことを立証するものとしてこれを提出することは差支えない。

3  原告らは、第1引用例(成立について争いのない甲第3号証)に開示された技術内容は、加熱したセメント製品をライニング剤粉末の流動層に浸漬することにより、その製品の表面に右の粉末を溶融付着させて強固な皮膜を生成し、そのあと、当該製品を熟成室で徐冷することにより、製品の収縮による皺及び皮膜の収縮による皮膜の亀裂を防止すると共に皮膜を滑らかにするものであつて、審決が認定したように、熟成室における徐冷により、強固な皮膜を形成させるものではないから、それは本件発明の、水分及びガス体の一部を逃出させた気孔内に溶融した粉体塗料の一部を吸着させつつ、所要時間保温又は自然冷却して塗膜を形成硬化せしめる技術とは異なると主張する。

原告の右主張は、第1引用例のものは、加熱したセメント製品をライニング剤粉末の流動層に浸漬することにより、製品に粉末を溶融付着させ、その段階で製品に硬化した皮膜が形成され、従つて製品の気孔内には溶融した粉体塗料の一部が吸着されることはあり得ないとの事実を前提とするものであると認められる。

なるほど、第1引用例の原告ら引用個所(第1頁左欄第32~40行)中の第35、36行には、「ライニング剤を溶融付着させて強固な皮膜を生成せしめ」るとの記載があることが認められる。しかしながら、右の「強固な皮膜を生成せしめる」とは「硬化した皮膜」を生成せしめることとは異なると考えざるをえない。なぜなら、第1引用例においても、熟成室内で「徐冷することにより、製品の収縮による皺及び皮膜の収縮による皮膜の亀裂を防止すると共に皮膜を滑らかにする」(第1頁左欄第40、41行)ものであり、そのようなことは製品に既に硬化した皮膜が存する場合には達成できないと認められるからである。

原告は、また、第1引用例には、審決の認定とは相違し、水分及びガス体の一部を逃出させた気孔内に溶融した粉体塗料の一部を吸着させつつ、所要時間保温又は自然冷却して塗膜を形成硬化せしめる技術についての記載はないから、その記載があることを前提とする本件発明と第1引用例との一致点に関する判断は誤りであると主張する。

しかしながら、審決は原告の主張するような技術が第1引用例に記載されているとするものではなく、本件発明におけるスレート瓦をその中に包含するセメント製品は、一般に、表面に開口する気孔を有しているから、これを加熱すれば、水分及びガス体が逃出されること、及びその一部逃出後の気孔が、温度の低下により、塗料が塗布されれば、塗料の一部を吸着せしめるものであることは、経験法則に照らし自明な事項であるとしているものであつて、審決の認定はこれをそのまま是認できるから、原告の右主張は理由がない。

4  原告らは、本件発明は多孔質であるスレート瓦の表面に開口している気孔内の水分及びガス体の膨出吐出により、塗膜にピンホールや凹凸を生じさせることなく、かつその塗膜の一部を気孔内に吸着させて、塗膜の瓦表面への密着度を向上させることを目的ないし効果としているのに対し、第1引用例記載の技術は、セメントあるいはコンクリート製品に「緻密な皮膜を熔着」させ、かつ「溶剤蒸発に起因するピンホールの発生や、皮膜の収縮による亀裂の発生」を防止するということを目的ないし効果としているものであつて、両者の目的、効果の相違は格段であると主張する。

第1引用例第1頁右欄第6~9行には、「本発明の効果として以下のごときものがあげられる。」とし、(1)として「溶剤蒸発に起因するピンホールの発生や、皮膜の収縮による亀裂の発生が防がれる。」との記載があることが認められるが、第1引用例は溶剤に溶解した塗料を使用していないから、溶剤蒸発に起因するピンホールの発生など起りようがなく、右の記載は、第1引用例の方法によるときは、従来法たる溶剤溶解塗料を使用する場合に起るピンホールの発生がないことを述べたのに止まるものであつて、他に本件発明と第1引用例のものとの間に目的、効果の相違が格段のものであることを認めしめるに足る証拠はない。

5  スレート瓦は、セメント瓦の一種であることは第3引用例(成立について争いのない甲第5号証)の示すところである。原告らは、第1引用例でいうセメント製品の概念中にスレート瓦を包含することを示唆する何らの記載もないと主張するが、第1引用例中にそのような示唆がなくても、第3引用例によりスレート瓦はセメント製品の中に包含されるということが認定できれば、第1引用例の記載から、本件発明は当業者が容易に想到し得たものとすることは何ら差支えない。

原告らは、また、第1引用例が粉末付着方法として流動浸漬法についてのみ記載していることからすると、そのセメント製品とは、流動浸漬法に適した製品に限定的に解釈されるべきものであるところ、スレート瓦は流動浸漬法による粉末の付着には適さないものである、と主張するが、第2引用例によれば、粉体塗装における流動浸漬法も撒布法も共に、基本的には加熱、付着、溶融、冷却、皮膜形成という過程を経るものであり、スレート瓦はもともと流動浸漬法による粉末の付着には適さないものであるとの点についての証拠はない。

6  原告らは、粉体塗料を被塗物に付着させるのに、いかなる方法を採用すべきかは、被塗物の種類、塗装の目的等によつて決定しなければならないものであるところ、従来スレート瓦は粉末塗料により塗装されていた事実はなく、また、本件発明と第1引用例とでは作用効果上顕著な相違があるから、本件発明は当業者が容易になし得る第1引用例の設計変更の域を出ないものとすることはできないとの趣旨を主張し、流動浸漬法と撒布法との効果上の差異についてるる述べている。

しかしながら、成立について争いのない乙第1号証(本件発明の公開特許公報)には粉状塗料を施した従前のスレート瓦について述べており、本件発明の発明者自身、本件出願前にスレート瓦で粉末塗料により塗装されていたものがあつたことを認めている。そして、被塗物に粉体塗料を付着させる方法に流動浸漬法と撒布法とがあることが知られている以上、第1引用例の流動浸漬法に代えるに撒布法をもつてすることは、当業者が容易になし得ることと認められ、本件発明が撒布法を採用したことによる原告主張のような効果は、撒布法採用により必然的に出てくる効果と認められ、これをもつて、本件発明が各引用例の記載から想到困難であるとするほどの特別のものではないというべきである。

7  以上のとおり、原告らの主張はすべて理由がなく、本件発明は、第1、第2引用例記載の技術内容から、当業者が容易に発明することができたものと認めて、本件発明の特許を無効にした審決に違法の点はないから、その取消を求める原告らの請求を棄却し、訴訟費用は敗訴の当事者である原告らに負担させることとして主文のとおり判決する。

(高林克巳 舟橋定之 裁判長裁判官小堀勇は差支えにつき署名押印することができない。高林克巳)

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